2017年5月3日 水曜日

丸岡城

 丸岡城は、織田信長から一向一揆討伐の恩賞として越前一国を与えられた柴田勝家の甥である柴田勝豊によって、1576年(天正4)に築かれたとされる。(天守の構造分析から1613年頃の建造とする説もある)  城郭構造は連郭式平山城で、天守は独立式望楼型二重三階。現存する12天守の1つであり、北陸地方唯一の現存天守である。

 1873年(明治6)の廃城令により城のほとんどは解体されたが、天守閣は丸岡町に買い戻されて解体を免れた。その天守も1948年(昭和23)に起こった福井地震で倒壊。現在の天守は、元の材を可能な限り使って復元したものである。

 尚、別名「霞ヶ城」の由来は、合戦時に大蛇が現れて霞を吹き、城を隠したという伝説による。

所在地  福井県坂井市丸岡町霞町1-59
観覧情報  入城料 大人450円 / 開城時間 8:30-17:00
備考  別名:霧ヶ城 / 重要文化財 / 現存12天守の1つ

荒島岳登山後、13:15 中出駐車場を出発して、14:20 丸岡城の駐車場に到着。

茶屋の壁には「丸岡城を国宝にしよう」との垂れ幕が掲げられていた。

歴史民俗資料館の脇を通って丸岡城へ向かう。

チケット売り場で入場券(450円)を購入。

坂を少し上るともう丸岡城の天守が見えてきた。

外観は二層、内部は三層の望楼型天守閣。思いのほか小さいと感じた。

人通りが切れる頃合いを見て記念撮影。

子を侍に取りたててもらうことで人柱になったと云われる「人柱お静」の慰霊碑。

入城制限がかけられていて、城の前には入城を待つ観光客の行列ができていた。植樹されたと思われる木々が邪魔で、正面はもちろん、どの角度からも城全体をクリアに撮すのが難しかった。

石垣の上には物見窓と鉄砲狭間、石落としもある。壁の板張りは木目がまっすぐ通った柾目の簡素な白木造り。

珍しい石製の鯱。昭和15-17年の修理で設置されたが、昭和23年の福井大震災で棟より落下した。屋根瓦もすべて石瓦だというから驚く。その総重量は120トンと言われる。

14:40 城内へ。1階にお城の模型があった。

古い建材もあるが、昭和の再建なので日本最古の城という感じはあまりしない。

2階の窓から入城待ちの列が見えた。

展示物などは何もなく、がらんどうの空間が広がっていた。

城内の階段はえらく急で、もはや梯子であった。ちなみに最上階まで貫く柱は一本もない古い建築様式。

天守最上階、天井の間から眺めた東側の展望。

南側の展望。

西側からは日本海、三国の海岸まで見渡せるはずだが、よく見えなかった。

北側の展望。天井の間は風が抜けて涼しかった。

天井の間も清々しいほどに何もない空間だった。

窓の外に高欄付きの小さな回廊はあるが、もちろん外には出られない。

狭く急な階段なので順番を待って下りる。

15:00 城外へ。

南側から見上げた丸岡城。

石垣は「野面積み」という古い方式で、隙間が多く荒いように見えるが、排水がよくて大雨でも崩れる心配がないと言われる。

石垣は高さ6mほど。無造作に積んだ感じが古さと野趣を感じさせる。

15:05 丸岡城を後にしたが、内堀もなくてあまり遺構が残されていないので、少し物足りない印象が残った。

丸岡城の周辺は、日本庭園式公園の「霞ヶ城公園」として整備されていた。

帰り道で振り返ると、生け垣の間から天守がかろうじて見えた。城の見せ方や城内展示などの運営面で、何か工夫があればと感じるお城でした。