2018年8月20日 月曜日

蔵王山 (熊野岳)

1,841 m

 前夜は蔵王高原刈田駐車場で車中泊。身支度を整えてから刈田岳山頂駐車場に移動した。早朝は薄い層雲が広がっていて太陽も隠れがちだったが、熊野岳の稜線に出る頃には日差しが強くなり青空も広がった。朝は観光客が少なかったので、ほぼ貸切状態で馬の背から熊野岳までトレッキングを楽しむことができた。熊野岳と刈田岳を含む中央蔵王は、蔵王エコーラインで簡単に来ることができるので登山としてはもの足りないものの、御釜を中心としたカルデラの荒涼たる景観と360度の眺望は素晴らしいの一言だった。帰る頃には何度来てもよいと思えるほど蔵王に魅了されていた。

 9時をまわると観光客も増え始め、帰る時には広い駐車場が満車になっていた。蔵王山頂レストハウスで「ずんだ団子」を食べてから帰路につき、16時前に帰宅できた。予定通りとは行かなかったものの、天気に恵まれて3日間の東北遠征は大成功だった。

登山コースデータ
単純標高差 : 141 m
累積標高差 : 235 m
コース距離 : 6 km
標準コースタイム : 1 時間 55 分
歩行データ
総歩行時間 : - 時間 - 分
総行動時間 : 4 時間 10 分

 コースタイム

刈田岳山頂P 6:00 ⇒ 6:10 刈田岳 6:25 ⇒ 8:00 熊野岳 8:50 ⇒ 刈田岳山頂P 10:10

4:30 刈田岳山頂駐車場

深夜に車が何度か入ってきて気になったが、何事もなく割とよく寝ることができた。外に出ると空が綺麗に朝焼けしていた。

身支度を整えて刈田岳山頂駐車場に移動した。広い山頂駐車場に他の車は2台のみだった。

6:00 トレッキングを開始。

駐車場からほど近くの展望所から御釜をちょっと眺めて、まずは刈田岳へ向かう。

6:10 刈田岳(かっただけ 1,758m)山頂

山頂には刈田嶺神社(奥宮)が鎮座する。刈田岳東麓の遠刈田(とおがった)温泉にある刈田嶺神社(里宮)と対になっており、御神体は、夏季は山頂の奥宮、冬季は麓の里宮と、両宮の間を季節遷座している。

刈田岳から眺めた御釜。左側が外輪山で一番高いところが熊野岳。御釜の右上の高いところが中央火口丘の五色岳で、隣の窪地が旧火口である。五色岳の右側(東側)にかつて存在した外輪山は、2000-3000年前の火山活動で崩壊している。

早朝の清浄な空気が心地よかった。頭上には薄い層雲が広がっていたが、遠くは青空が見えていた。東側の外輪山が崩壊したおかけで、仙台市街と太平洋が見渡せるわけで、大自然が織りなす造化の妙に感じ入った。

一際目立つ「伊達宗高公命願之碑」と記された石碑。1623年に蔵王刈田嶺が噴火し、翌年になっても噴火は収まらず甚大な被害が出たため、伊達政宗は七男の宗高を名代として、明の帰化人・王翼とともに刈田岳山頂で鎮火祈祷を行わせた。その後すぐに噴火は収まったが、2年後に宗高は天然痘で夭折したため、宗高の行った祈祷は自らの命と引き換えの「命願」であったと信じられるようになった。

南東方面。左から後烏帽子岳、屏風岳、南屏風岳で、南屏風岳の手前の台形は杉ヶ峰。南蔵王の中核を成す宮城県最高峰の屏風岳(1,825m)は、東の仙台市側から眺めると屏風のように切れ落ちており、それが名前の由来となっている。

南南西には福島の吾妻連峰がそびえる。左手前にはフスベ山、右には二ツ森山や番城山など、山形と宮城の県境の南蔵王が並ぶ。

山頂にあったケルンのような大小の石積み。

東側の仙台平野。仙台湾が朝陽に輝いていた。

広い山頂の東端から見た刈田嶺神社。

6:25 移動開始。

御釜の方へ続く道があったので、そちらへ向かった。

整備された石畳の道を御釜の方へ数10m降りていくが、それほど近くまでは行けなかった。

蔵王の火山活動は約100万年前から始まったとする説もあり、少なくとも70万年前には始まっていたと考えられている。約3万年前の火山活動で山体崩壊が発生し、カルデラが形成された。

南側から眺めた御釜。1182年の噴火により誕生した火口湖の御釜は、五色沼(ごしきぬま)とも呼ばれる蔵王観光のハイライトである。その水質は強度の酸性で、生物は一切生息していない。

キク科のミヤマアキノキリンソウ。

方々で咲いていたキク科のヤマハハコ。

今回の東北遠征でよく見かけたバラ科のシロバナトウウチソウ。

手すりにそって進み、馬の背の稜線に上がる。

右に御釜を眺めながら、五色岳の外輪山である刈田岳と熊野岳を結ぶ馬の背を歩く。

御釜と中央火口丘の五色岳。御釜(水面)の標高は1,550mで、五色岳の標高は1,674mだから、御釜の対岸に見える崩落気味の五色岳西壁は124mの高さがある。

だっだっぴろい馬の背の稜線は、山形県と宮城県の境界線となっている。

御釜の最大水深は27.6m(平均水深17.9m)で、外周は1,080m。御釜の湖水は火山活動によって度々沸騰しており、現在も湖底に何箇所かの気孔が存在し、火山ガスの継続した噴出が続いているという。

馬の背は、火山岩や火山礫で覆われており、荒涼としていた。

馬の背からロバの耳岩への分岐に出て、そこから少し下った断崖から御釜をのぞいてみた。

北側から眺めた御釜。右上は刈田岳でその背後には屏風岳など南蔵王の山々。

御釜の緑も印象的だが、赤や黄色の絵の具を混ぜたような色とりどりの地層にも目を奪われた。

立入禁止となっていた西側のロバの耳岩方面。

車ではなく自分の足でこの山に登って、山頂でこの景色を目にしたとしたら、どれほどの感動があるだろう。誰もがこの景観を簡単に楽しめるのはとてもよいことだが、山歩きを趣味にする者としては少し惜しい気がした。

北側の追分方面へ向かうと雁戸山に至る。広大な蔵王の山々には地域別の分け方が色々あるようだが、熊野岳や刈田岳に代表される「中央蔵王」、雁戸山に代表される「北蔵王」、屏風岳に代表される「南蔵王」に大別するのがわかりやすいように思う。

西に方角を変えて熊野岳へ向かう。ちなみに「蔵王」という名の由来だが、平安時代に修験道開祖の役小角(あるいはその叔父にあたる願行)が、吉野山の金峯山寺蔵王堂から当地に蔵王大権現を分祀し、修験道の修行を行ったことにある。

7:50 熊谷岳避難小屋の中をのぞいていくことにした。

避難小屋の中の様子。スコップやヘルメットなどの道具類に加えて、毛布や薪も用意してあった。

避難小屋の近くに熊野十字路の道標があった。北西方面に地蔵山へ向かうルートが伸びていた。

広々とした尾根を歩いて熊野岳山頂へ向かう。蔵王連峰は宮城・山形の県境に位置する長大な山塊で、北の笹谷峠から南の不忘山まで南北約25kmに及ぶ。蔵王山神社が祀られた熊野岳はその盟主であり、蔵王山というピークはない。

8:00 熊野岳(1,841m)山頂

熊野岳に到着。先客が数名、神社の向こう側で休憩していた。

熊野岳山頂に鎮座する蔵王山神社。祭神は須佐之男命。奈良時代の和銅元年(708年)に前身の熊野神社が創始されたと云われ、後に蔵王山神社となった。

古い山頂標が倒れて、ちょうどよい腰掛ベンチになっていた。

どの方角も素晴らしい眺望が広がる。蔵王の大パノラマを楽しみながら山頂でのんびり過ごした。

北方面。中央手前は雁戸山と南雁戸山。その左上に大東岳、奥には宮城と山形の県境にそびえる船形連峰も見える。

北西方面。稜線の先に地蔵山(左)と三宝荒神山(さんぽうこうじんさん 右)。地蔵山の左上に見えるのは瀧山(りゅうざん)。

地蔵岳と瀧山の奥には、月山の山頂部が雲に浮かんでいた。同じ山岳信仰の出羽三山が「西のお山」、蔵王が「東のお山」として古くから信仰を集めてきた。

月山の右にうっすら見えていた村山葉山(中央左)の右奥に、鳥海山の山頂部も雲の上に浮かんでいた。

西方面。眼下には上山市と山形市の街並み。中央奥に見えるのは大朝日岳。

大朝日岳のアップ。

南西方面。手前は中丸山、奥には飯豊連峰が見える。

飯豊連峰のアップ。飯豊山は懐の深い大きな山だが、いつか登ってみたい。

南方面。手前には舟引山、二ツ森山、番城山、蓬沢山と山形・宮城の県境となる稜線が見える。遠くには安達太良山や吾妻連峰など福島の名峰も見える。

安達太良山と吾妻連峰のアップ。左に安達太良山、高山を挟んで、真ん中あたりに東吾妻山、烏帽子山や中吾妻山などが続いて、右に西吾妻山。

存分に眺めを楽しんで、8:50 下山開始。

広々とした稜線をのんびり戻る。

熊野十字路まで戻ってきた。とにかく眺めがよくて抜群の開放感。

荒涼とした砂礫地に残っていたコマクサ。

馬の背を下りていく。

どちらを向いても素晴らしい絶景なので、何度も足が止まった。

歩いては立ち止まり、何度も御釜をのぞき込む。昭和37年の蔵王エコーライン、2年後の蔵王ハイラインの開通により、完全に観光地化された蔵王山だが、ここまで景観が素晴らしいとは思わなかった。

江戸時代には、年間1万数千人の登拝者があったという記録もあるが、この圧倒的なスケール観には江戸時代の人たちも度肝を抜かれたのではなかろうか。

熊野岳の稜線と避難小屋があっという間に遠くなっていく。

キク科のミヤマコウゾリナかな?

すぐ下りるのはもったいないので、しばらく石に腰を下ろして蔵王の眺めを楽しんだ。

日差しが強くなって、ますます御釜のエメラルドグリーンが鮮やかになった。

次に蔵王山へ来ることがあれば、いろんなルートを歩いてみたいと感じた。

9時半を過ぎて、刈田岳周辺に観光客の姿が一気に増えてきた。

御釜と五色岳。

群生していたエゾオヤマリンドウ。

一日中眺めを楽しんでいられるくらいだが、人も増えてきたので駐車場に戻ることにした。

10:10 刈田岳山頂駐車場に到着。帰路に就く前に蔵王山頂レストハウスで一休みした。

売店でずんだ団子を買ったが、そら豆の餡がこぼれ落ちるほど団子にのっていて、とても美味しかった。

10時半頃、満車状態の刈田岳山頂駐車場を後にして、16時前に帰宅した。強行軍の東北遠征だったが、3日間天候に恵まれて素晴しい山旅になりました。