夏休み北海道旅行 11日目

 羅臼岳 1,661m

 登山口から山頂までの標高差が1,400m以上あり、普段は標高差400mから700m位の山を登っている我が家にとっては大きなチャレンジとなった。当初は旅行日程に組み込むのは難しいと判断していたが、前日 知床の観光地を回ってその山容を眺めているうちに、どうしても登りたくなった。
 当日の天候は晴れ。羅臼平から見上げたときには山頂に雲がかかっていたのでどうかと思ったが、山頂から360°の大展望を楽しむことができた。下りでは予想通りに疲労困憊、ほとんど思考能力さえ奪われてしまったが、充実感あふれる山行となった。予定していた大雪山(旭岳)は天候が悪くて登れなかったが、最高の形で埋め合わせをすることができた。


日付/天候

2007年8月14日 火曜 / 晴れ

行動記録

キャンプ場 4:30 → 木下小屋登山口 5:30 → オホーツク展望台 6:15 → 弥三吉水 7:10 → 銀冷水 8:20 → 羅臼平 9:35 → 岩清水 10:10 → 11:00 羅臼岳山頂 12:15 → 岩清水 13:05 → 羅臼平 13:40 → 銀冷水 14:25 → 弥三吉水 15:15 → オホーツク展望台 15:50 → 木下小屋登山口 16:25 → キャンプ場 17:00 → 湯元天然温泉

難易度データ (≒)

標高差 : 1440m / 累積標高差 : 1475m / 歩行距離 : 14.5km / 標準歩行時間 : 8時間35分




2:00 過ぎに朝一番で釣りに出かける人たちの話し声で目が覚めた。声をひそめているが、周りが静かなのでよく響く。もう少し寝ておきたかったが、天気が気になり寝られないので 3:00 に起きた。夜が明けると空はうす雲がかかっていたが、晴れそうな気配だった。4:30 にまだ静かなキャンプ場を後にした。#

ウトロのセイコーマートで買い物をしてから、岩尾別温泉の登山口へ向かった。途中の道道93号沿いでエゾシカを何頭も見た。地の涯ホテルの駐車場は一杯で、狭い路肩に停めた車が下までずらっと並んでいた。


少し戻った道路脇に、落石注意の看板を無視して車を停めた。ホテルの前には綺麗なトイレがあった。#

ホテル右手の小道を入ると木下小屋がある。登山口は木下小屋のすぐ横。5:30 登山届けに記入して出発。#

広葉樹林帯をジグザグに上っていく。途中にクマ多発区間の看板あり。650m岩峰までアリの巣が集中しているためらしい。重装備の団体と、抜きつ抜かれつ上った。#

樹林が切れて岩峰に出ると、頂上まで5.9km地点の「オホーツク展望台」。少し上ったところの方が展望がよく、背後にオホーツク海が広がっていた。#

7:10 最初の水場「弥三吉水」で一休み。山頂までは4.3km。パイプを通して水が勢い良く流れていた。#

弥吉水を過ぎると「極楽平」と呼ばれるダケカンバの台地に出る。樹間から見えた羅臼岳は、遠く感じられた。#

極楽平を抜けると「仙人坂」と呼ばれる急登となる。一気に高度を稼ぎ、8:20 第二の水場「銀冷水」に到着。#

銀冷水からしばらく上ると「羽衣峠」の看板があり、さらに進むと広く開けた「大沢」に出た。#

沢筋のガレ場が続く。背後にはオホーツク海と知床五湖の開放感あふれる展望が広がっていた。#

前日の知床五湖からも見えた雪渓の横を上る。雪渓は積雪というより、分厚い氷だった。#

雪渓の向うに何か動いていると思ったら、エゾリスとエゾシマリスだった。夢中で写真を撮っていたので、後ろの団体を待たせていることに気づかなかった。#

二つあった雪渓を越えると山道は岩混じりとなり、斜度が増してくる。沢筋のザレ場を上り切ると「羅臼平」。#

一気に視界が開けて羅臼平に出た。ここには木下ケルンがあり、テントを張っている人もいた。#

ハイマツの向うに羅臼岳がそびえていた。山頂付近には雲がかかっていたので、山頂の展望が気になった。#

しばらく休んでから、ハイマツ帯を行く。すれ違ったおじさんが、西から雲が出てきていると言うので、気が急いた。#

ハイマツ帯はとても長く感じられた。背後 (北側) は三ツ峰の双峰。木下ケルンがみるみる遠くなっていく。#

ハイマツ帯から岩場に変わる付近に岩清水がある。苔むした岩壁からの湧水が、糸状に幾筋も流れ落ちていた。この日は暑く、飲料水の減りが早かったので助かった。#

水場を左から巻くようにしてガレた岩場の急斜面を上る。高度が上がるつれて見える角度が変わり、三ツ峰の向う側が見えてくる。#

大きな岩が重なり合った頂上の岩塔が徐々に近づいてくる。岩場をよじ登っていく人が小さく見えた。#

二の肩までくると、背後には疲れを忘れさせるような景色が広がっていた。岩の赤ペンキに従ってひたすら上る。#

山頂直下まで来たときには、すでに足はガクガクだった。最後は右側から回り込むようにして山頂部をよじ登った。#

11:00 ついに羅臼岳山頂に到着。岩場の狭い山頂は、多くの人でにぎわっていた。驚いたことに、エゾシマリスが出迎えてくれた。#

南西方面。手前の天頂山の左上に羅臼湖、その右上には知西別岳、遠音別岳、海別岳と続き、海別岳の右上にはうっすらと斜里岳も見えていた。#

南には羅臼湖と根室海峡に面した海岸線、北東には知床連山と、山頂は360°の大展望が広がっていた。#

順番待ちをして近くの人に写真をお願いした。背後には三ツ峰、サシルイ岳、オッカバケ岳、南岳、知円別岳、硫黄山と続く雄大な山並み。#

硫黄山には山頂、第一前衛峰、第二前衛峰と3つのピークがあり、隣の知円別岳との間には、白い火山灰の斜面が見える。眼下には登ってきたルートが小さく見えた。#

南東には羅臼港と、根室海峡をはさんで国後島が見えた。想像以上の絶景に、周りに人がいなければ歓喜の雄たけびを上げたい気分だった。#

西にはオホーツクの海岸線と、ウトロ港が見えた。昨日登ったオロンコ岩もはっきりと見えて、しばらくは夢中で写真を撮っていた。#

三方が切れ落ちた山頂は混んでいるので、数m離れた岩場に移動してお昼を食べることにした。#

岩場の向うは、知床五湖とオホーツク海。空にはツバメが飛び交い、最高の気分で羅臼岳山頂を満喫した。#

しばらくすると雲の動きが早くなってきた。視界が雲に遮られたと思ったら、すぐに流れて展望は回復する。#

稜線を一気に流れていく雲を眺めているのは楽しかった。登山者が入れ替わっていく山頂で、我が家はのんびりと過ごした。#

ずっと山頂に居たかったが、帰りの時間もあるので最後にもう一度写真を撮って、 12:15 に下山を開始した。#

上から見下ろすと、ハイマツ帯の登山ルートが遥か遠くに伸びていて、点となった人影が僅かに動いている。よく登ってきたという感慨は、すぐ先行きの懸念に変わった。#

知床連山の絶景を正面に見ながら下っていく。下るほどに視角が失われてゆくのが、何とも名残惜しかった。#

口の小さい入れ物ではなかなか水がたまらないが、岩清水の湧き水は最高にうまかった。腕をつたう水で脇から腰までずぶ濡れになり、冷たさで手の感覚がなくなった。#

長いハイマツ帯でかなり消耗した。見下ろしていた三ツ峰が目の前にせまり、羅臼岳山頂は遠くなっていた。#

13:40 石と砂礫のケルンに到着。一休みしてから大沢へ向かう。気温はますます高くなり、この時点でかなりの疲労を感じていた。#

オホーツク海の絶景を正面に見ながら、大沢のガレ場を下っていく。14:10 大沢入口で休憩。#

羽衣峠から先は疲れを癒す展望も少なくなる。仙人坂あたりで膝痛が徐々に酷くなり、銀冷水から先は疲労と膝痛の二重苦となった。#

極楽平の平坦な道に出たとき、本当に極楽だと感じた。羅臼岳の頂が遠くに見えて、信じられない思いがした。#

15:15 弥三吉水に到着。すでに疲労困憊。飲料水の残りは僅かだったが、エキノコックスが気になり水を飲む気になれなかった。ここからは喉の渇きも加わり三重苦。

もっと急ごうと主張する娘は軽々と下っていく。 弥三吉水からは体力の差が如実に現れた。思考する力もなくなり、ただひたすら歩いた。#

16:25 木下小屋に到着。何の感情も沸かず、疲労の極みだった。地の涯ホテルの自販機で飲料水を購入。500mlを一気飲みした。#

路駐の車はほとんどいなくなっていた。体が鉛のように重くて、帰り支度をするのに意志の力を必要とした。#

17:00 キャンプ場に到着。温泉に入ってさっぱりしてから、登山用具と洗濯物の整理をした。

18:20 買い物へ出かける前に、綺麗な夕焼けを眺めながらコーヒーを飲んだ。娘は腹が減ったとカップ麺をがつがつ食べていたが、私と嫁はクタクタで食欲すらなかった。#

買い物から帰ると、娘がジェスチャー・ゲームをしようとしつこい。本当に勘弁して欲しかった。嫁が相手をしていたが、私は話しをするのも億劫なくらい疲れていた。疲れが気分に影響していたというより、頭が機能を停止していた。

歯磨きをしにタープを出ると、満天の夜空だった。イスを出して夜空を眺めていたが、娘は相当眠かったらしく、9時過ぎにテントに入り、珍しく一人で先に寝てしまった。


隣のテントで若いカップルが、夜空を眺めながらまったりと話をしていた。恋人関係になった頃のことを、女がしつこく質問する。いつもなら聞いていられない甘い会話が、思考低下の無防備な頭にすんなり入ってくる。愛を語る関西弁はいいものだと思いつつ、でもブスだったらどうしようと考えている自分に驚いた。不謹慎な思考に流されたのは疲れのせいだと思いたい。

その後、私と嫁もテントへ入ったが、横になってからの記憶がまったくない。この日は翌朝まで泥のように眠った。